小さな息子さんを連れて離婚する事を決意したママさん。

 

その息子さんに事実を伝える事を怖がっていませんか?

 

 

息子さんは小さくても受け止められます。

 

最初は泣かれるでしょう。

 

でも大きくなるにつれ、息子さんがあなたの「白馬に乗った王子様」になりますよ。

 

あなたの一番の理解者になります。

 

どうか心配なさらず、自分の道を進んでいって下さい。

 

 

パパが大好きな息子に離婚をどう伝える?

 

 

もうこれ以上夫とは結婚生活を続けられなくて、離婚を選んだママさん。

 

その事を小さな息子にどう伝えれば良いのか悩んでいませんか?

 

でも、つらいけれどシンプルに事実を伝えてみて下さい。

 

初めは親子共々つらい時期がありますが大丈夫。

 

あなたと息子さんの関係はますます強くなっていきますよ。

 

 

私は小さな息子を連れて離婚したママ達を数人知っています。

 

彼女達は私が想像できない程のたくさんの涙を乗り越えて今、息子と一緒に、本当に元気にはつらつと生きています。

 

私は、彼女達の苦労の一握りも知りません。

 

でも、子どもが成長するにつれて乗り越えていっているたくましい顔を知っています。

 

だからママ達、どうか、心配しないで下さいとお伝えします。

 

妹の離婚

 

3歳年下の私の妹。

 

3姉妹の末っ子です。

 

 

彼女が35歳の時、2歳の一人息子を抱えながら国際離婚をしました。

 

たくさんの涙を流した今、彼女は離婚前よりもっともっと幸せいっぱいに、人生を楽しんで生きています。

 

 

 

彼女は高校2年生の時にアメリカの公立高校に交換留学生として1年間過ごしました。

 

とても優秀な妹で、就職先も大学4年の夏前に早々と決まり、大学は主席で卒業しました。

 

就職先は外資の信託銀行。

 

東京のど真ん中で、多国籍の同僚と共にバリバリ働いていました。

 

銀行ですから収入も良く、「我が家の大黒柱だね」と笑い合っていたものです。

 

 

 

一度私は彼女といとこの女3人でバルセロナに旅行に行ったことがあります。

 

妹はスペインの自由な雰囲気に感銘を受けて、いつかヨーロッパに住んでみたい!と夢見ていました。

 

 

 

で、その銀行に2年ほど勤めたある日。

 

 

「ベルギーで暮らす事にした。」

 

 

 

は?

 

 

ベルギー?

 

 

なぜベルギー?

 

 

彼女はベルギーの、とある信託銀行で仕事を見つけ、テレビ電話で採用試験を受け、合格してからの結果報告。

 

ベルギーには行ったこともないし、知り合いすらいません。

 

でも決めてきた彼女。

 

そこからあれよあれよという間に涙の別れを経て、飛び立ってしまった。

 

 

 

どうしてるかな。

 

寂しくしてないかな。

 

と、心配していましたが、こちらの心配もよそに渡欧して数か月たったころ、彼女からの嬉しそうな報告。

 

春がきた、と。

 

同じ職場の同僚のステファンと恋に落ちたのです。

 

 

それからあれよあれよという間にめでたく結婚する事になりました。

 

190センチもある大きな、物静かで目が優しい男性。

 

とても仲が良く、はたから見てもラブラブでした。

 

 

 

ヨーロッパは生活を楽しむ事を最優先にしているところ。

 

彼女達はあちこち旅行に行ったり、仕事が終わり帰宅してからゆっくり公園に散歩に行ったり、とても仲良く過ごしていました。

 

 

 

やがてかわいい息子が産まれました。

 

家族3人の幸せそうな写真がたくさん送られてきたり、3人で日本に帰ってきてくれたりして、それはそれは仲の良い家族でした。

 

 

 

その頃私は4歳の息子と2歳の娘の子育て真っ最中。

 

夫はいつまでたっても帰ってこないし、私は一人で訳の分からん子ども達と対峙している。

 

髪を振り乱して、すれすれギリギリの余裕のない日々を送っていました。

 

夫と会話をする事すら減っていく毎日。

 

ヨーロッパはいいな~・・・。

 

 

 

そこに、いとこから一本の電話。

 

「聞いた?

 

〇〇ちゃん(妹の名前)がステファンとうまくいっていないって。」

 

と、言いにくそうに話しました。

 

 

 

「なに~っ!?」

 

 

青天の霹靂とはこの事でした。

 

あの二人の関係が悪くなるなんて、誰も考えもしませんでした。

 

私はとてもじゃないけど両親には伝えられず、義理母に頼み込んで我が家に1週間来てもらい、子ども達を預けてベルギーに飛んで行きました。

 

 

 

「なんなの、何が起こってるのよ?」

 

泣きそうになりながら空港に迎えに来た妹と悲しい再会。

 

でも反面、「この日が来たか~」という思いもありました。

 

なぜかって、妹は本当に気が強い子なんです。

 

実は彼女、小さな頃からヘルニア持ちで、泣くと腹圧がかかりヘルニアが痛くて激しく泣くので、私の両親は彼女を泣かせないように、泣かせないように育ててきたのです。

 

なので、必然的に我慢弱い子どもに仕上がりました。

 

どちらかというと、自分の思いを押し通す性格でした。

 

「ああ、ステファンにそれがばれたか・・・」

 

そんな気持ちが真っ先にきたのも事実です。

 

 

 

妹の家に着くと、ステファンはもうそこにはおらず、ずっと前から別居をしていました。

 

私は滞在中ステファンと会う約束をして、2人で食事に出かけました。

 

冷静に問題点を聞こうと思って。

 

すると彼の口から出たのは、妹を批判する厳しい言葉の数々。

 

まあ、出るわ出るわ。

 

おいおい、私一応、妹のお姉ちゃんなんだけど。

 

耳に痛い言葉ばかり。

 

 

 

妹の言い方がとてもきつい事。

 

いつも考えを押し通すこと。

 

自分は彼女の奴隷のように感じている事。

 

もう愛せない事。

 

子どもはかわいいけれど、蓄膿症がひどくて子育てできない事、などなど。

 

 

 

は?

 

蓄膿症で子育てできない?

 

何なのその理由。

 

 

 

と思いながらも、もうどうしても気持ちが元に戻らない事を確認しました。

 

 

 

それから妹の地獄の日々が始まりました。

 

愛が終わったと告げられた妹は悲しみの淵に落ち、2歳の息子はただでさえ敏感な子なのに、両親の不穏な雰囲気でますます荒れました。

 

お互いに弁護士をつけて争い、親権をどうするか、どこに住むかのぎりぎりの交渉。

 

日本では父がハーグ条約を読み漁り、日本の弁護士に相談したり、妹をメールで勇気づける毎日。

 

約1年に渡る離婚調停を経て、ようやく妹は息子を引き取る事ができ、シングルマザーとしてスタートを切りました。

 

妹は息子に伝えたのですよね、事実をきちんと。

 

もうパパとママは一緒に住めないんだよ。

 

でもパパとママはいつもあなたを愛しているよ。

 

妹の偉かったところは、この日から一度も、ステファンの批判を息子の前ではしなかった事。

 

 

 

やがて妹は転職をしてお隣のルクセンブルグに引っ越しました。

 

会社にリストラの雰囲気があったのです。

 

ステファンと息子は一か月に一度会う約束をして別れました。

 

ここからが、妹と息子の戦いの始まりでした。

 

ただでさえデリケートな息子の元から、パパがいなくなったのです。

 

残ったのは厳しいママ。

 

妹は妹で、これから一人で息子を育てあげなければならない。

 

これまで以上に必死で働きました。

 

頼る夫もいない外国生活。

 

息子に不自由させないように必死です。

 

 

息子は息子で、パパがいない寂しさで夜泣きの毎日。

 

私の両親が何度もルクセンブルグに飛び、一人で奮闘する妹の応援に行きました。

 

ステファンと息子を面会させた後、息子を引き取りに行ったある時のこと。

 

パパと離れたくなくて大暴れして泣く息子。

 

それを泣きながら引き離す妹。

 

その二人を柱の陰から涙しながらみつめる両親。

 

 

 

またある時、二人が日本に一時帰国した時のこと。

 

ふと妹のパソコンの画面を見た息子が大泣きを始めました。

 

画面には大好きなパパとママと3人で写っている写真があったのです。

 

「この時に戻りたい~!」と大泣き。

 

さすがに胸が締め付けられますよね。

 

 

 

やがて息子は大きくなって小学生になりました。

 

妹は再び、心機一転、スイスに渡る決心をします。

 

息子はまたさらに、パパから遠く離れる事になりました。

 

そのどうしようもない寂しさの上に、更に友達と離れて転校。

 

そのスイスの新しい学校に加えて、放課後は日本語学校。

 

妹は息子の将来のために、日本語が読み書きできるようにしてあげたかったのです。

 

大人になって、日本語がきちんと使える事がきっと武器になる。

 

だからここは絶対に譲りませんでした。

 

息子は息子で、宿題がどっさり出る日本語学校が苦痛です。

 

毎晩、勉強させるのが本当に大変で、バトルでした。

 

 

「ママなんて大っ嫌い!

 

優しいパパのところに行きたい!」

 

 

でも何を言われようとも、妹には心に決めた事がありました。

 

やがて息子が成人になって人生を選ぶ事になった時には、自由にすればいい。

 

日本の国籍を選んでもいいし、ベルギーでもいい。

 

ゲイになってもいいし、好きなように生きていけばいい。

 

だからこそ、今は旅立つための教育をしっかり受けさせたいんだと。

 

どんなに息子が泣いても、そこは絶対に譲りませんでした。

 

 

 

このように母子二人で戦った年月を経て、やがて中学生になった今。

 

妹にはある出会いがあり、スイス人のパートナーができ、今は息子と3人で暮らしています。

 

パートナーも同じくシングルファーザーとして二人の子ども達を育ててきました。

 

その二人がこれから先の人生、共に楽しんで生きていこうと一緒になりました。

 

妹の息子も大人になり、ママが幸せなら好きにしたらいいよと、パートナーとの同居に賛成してくれました。

 

学校生活もとても楽しみながら生活しています。

 

ようやくここまできたな、妹、本当にがんばったなと思います。

 

友人の離婚

 

子ども達が通っていた幼稚園のママ友が離婚しました。

 

理由は夫の浮気でした。

 

息子の卒園式の直前のことです。

 

彼女は突然離婚を言い渡されたのです。

 

好きな人ができた、と。

 

 

 

全く知らなかった彼女は晴天の霹靂。

 

急に言われてどうしたらいいか分からず、毎日泣いていました。

 

その時子ども達は6歳の息子と2歳の娘。

 

 

3.11の東日本大震災の直後で、余震も激しく、計画停電やガソリン不足で自由に外出もできない日々。

 

そこに離婚宣告をされた彼女は精神的に自宅にいる事ができず、子連れで我が家に数日間泊まりました。

 

ショックで毎日泣いていました。

 

世の中は大地震の被害や原発事故。

 

それにふりかかった離婚宣告。

 

彼女は本当に不安定でした。

 

彼女の子ども達はそんな母親を見ていつも不安そう。

 

特に2歳の娘は本当に不安定になって、泣いてばかりいました。

 

6歳の息子は「オレがママを守ってやらなきゃいけないんだ」と明るくしていましたが、それでもそこはまだ6歳。

 

やがて彼女は子ども達二人をつれて、埼玉の実家に戻るべく引っ越していきました。

 

 

 

もともとはおバカでエロ話大好きな、食べる事が大好きな豪快な母ちゃん。

 

それが本当にシュンと小さくなってしまって。

 

 

やがて別れた夫は浮気相手と結婚をし、子どもができました。

 

彼女の子ども達と定期的に面会をしましたが、大好きなパパに赤ちゃんができたとなると、荒れない方がおかしいです。

 

息子はだんだん不安定になり、学校に行けなくなりました。

 

それでも彼女はパパの悪口は一切言わずに、子ども達の大好きなパパの姿を守り通しました。

 

たくさんの葛藤を乗り越えて彼女は保育士として幼稚園に勤め、大好きな保育の仕事を始めました。

 

がんばってお金をためては3人で豪華旅行に行く。

 

おいしいものを食べに行く。

 

そうやって彼女はたくさんの涙を乗り越え、本来の強さが戻ってきて、ますます恰幅のいい母ちゃんに出来上がっています。

 

保育の仕事が認められて雑誌に取り上げられたりもしました。

 

息子は不登校の子ども達のためのスクーリングに通いながら個性をめきめき伸ばし、画家になるという夢を持ってがんばっています。

 

 

 

このようにして事情はそれぞれ違いますが、私の知るシングルマザー達は、立派に子ども達を育て、親子共々、本当に元気に立ち直ってきました。

 

それでは両親の離婚を実際に経験してきた、その息子たちは大きくなってどのようになっていったのでしょうか?

 

 

両親の離婚を経験した息子たちの今は?

 

 

両親の離婚を経験した息子たちの今は、みな、母親思いの素敵な青年になっています。

 

妹の息子

 

妹の息子は現在中2。

 

あれだけ荒れていた彼が今はすっかり大きくなり、父親似の長身。

 

泣いて泣いて妹を手こずらせた彼は、本当に母親思いの優しい子になっています。

 

 

2年前の夏休み。

 

毎年妹と一緒に日本に遊びにくる彼は、その年は妹より2週間早く、一足先に一人でやってきました。

 

日本に来る1週間前からベルギーのパパと過ごしていたので、妹とは3週間会っていないことになります。

 

ようやく妹が帰国する日が来ましたが、スイス人のパートナーを連れて、成田に到着してそのまま福岡観光へ連れて行きます。

 

福岡から京都、そして東京に戻ってくる予定です。

 

なので、ママが日本にいるのに会えないままです。

 

 

私達一家は、夏休みの家族旅行にそんな彼を連れて行きました。

 

その当時の人気アニメ映画「君の名は」を愛してやまない長女のために、家族で飛騨高山での聖地巡礼。

 

 

 

で、さっそく旅の途中で彼は具合が悪くなります。

 

その前兆はありました。

 

足湯できゃぴきゃぴ楽しんでいる私達を横目に、なんだか浮かない顔。

 

いつも元気な彼がうつろな顔をしている。

 

 

そんな彼がついに、かつ丼を食べたレストランのトイレで吐きました。

 

そしてお腹が痛いと白い顔をして、トイレでケツを出して泣いています。

 

私は夫に子ども達3人を預け、妹の息子を連れて救急病院へ。

 

胃腸炎と診断されました。

 

 

 

 

原因はですね、かつ丼なんかじゃありませんでした。

 

寂しかったのです。

 

ママと長い間会えなくて。

 

お腹が痛くて待合室でもずっと泣いています。

 

「ママに電話しようね」と話しかけます。

 

で、病院を出てから、京都にいる妹に電話をかけさせました。

 

妹が息子に話しかけています。

 

でも彼は「うん、うん」という返事しかせずに、具合が悪い事も全く話しません。

 

そして電話を切ってから、耐え切れずにしゃがみ込んでわんわん泣いています。

 

 

 

私は妹に電話をかけ直しました。

 

そして、彼が今具合が悪くて吐いて病院にいる事。

 

ママに会いたくて寂しくて仕方がない事。

 

彼を迎えに来てほしい事。

 

そして私達は彼を高山から名古屋行の電車に乗せるので、京都から名古屋に迎えに来てもらうことで落ち着きました。

 

 

 

「今ね、私のとなりでママに会いたくて寂しくて、わんわん泣いてるんだよ」

 

そして電話をもう一度かわってあげました。

 

彼は涙をおさえきれずに泣きじゃくっています。

 

妹は彼に、ごめんね、寂しい思いをさせて、と謝っています。

 

 

 

さんざんそうやって泣かせて落ち着いた頃、私は彼に聞きました。

 

 

 

なんで寂しいから会いたいって言わなかったの?と。

 

 

 

すると彼が答えました。

 

 

 

ママは〇〇(スイス人のパートナー)と一緒に日本に来るのを楽しみにしていた。

 

だから自分の事で心配かけて邪魔したくなかったんだと。

 

 

 

今までずっとがんばってきたママが今幸せになって、パートナーと人生を楽しみ始めている。

 

それを見守りたいんですよね。

 

 

 

私は言いました。

 

 

子どもはね、そういう事を心配しなくていいんだよ。

 

寂しい時は寂しいって言っていいんだよ。

 

これからはそういう時は我慢しなくていいから、どんどんママにぶつけてごらん。

 

 

するとどうでしょう。

 

すっかり全部吐いてしまった事と、とことん泣いて泣いてすっきりしたので、いつもの笑顔が戻ってきました。

 

いつもいつも、こうして我慢してきたんですね。

 

そこにちょうど夫からの電話が入り、うちの長女が聖地巡りに感動して泣いている途中にコケて、今は本当に泣いている事とか

 

次女がうんこがしたくなったのにトイレが見つからなくて本当に困った話などをしだしたので

 

彼と私はこらえきれずにブーっと吹き出し、もうこれで完璧に元気を取り戻しました。

 

 

悪いものを全部出してしまった彼との残りの旅は本当に楽しく、彼はあともう少しでママに会える嬉しさで、めちゃくちゃいい笑顔で楽しんでくれました。

 

自分の事よりも、がんばってきたママの事を一番に考える息子に成長したんですね。

 

私の夫

 

私の夫の両親は、彼が中1の時に別れました。

 

小学生の頃から喧嘩が絶えなかったといいます。

 

新聞記者だった父親。

 

専業主婦だった母親がやがて仕事を始め、没頭し始めて帰りも遅くなってきました。

 

妻に家にいてほしい夫と、バリバリ仕事がしたい妻。

 

 

 

その喧嘩はどんどん修羅場化していきます。

 

父が母に包丁を向け、それを小学生だった夫が母親の前に立って制止しようとする。

 

そんな話を、私達が結婚する前に義理父が泣きながら話してくれました。

 

はじめて彼の母に会った時、彼の、母親に対する話し方がとても優しく、不思議に思っていました。

 

私のほうがよっぽど、自分の母親に対する話し方がぶっきらぼうだなと思っていました。

 

でも、こうして修羅場をくぐってきた話を聞くと、母親に優しい理由も分かります。

 

 

 

 

こうして、母親が父親と離婚した家庭の息子達は、がんばって生きてきた母親への畏敬の念を持っているんですよね。

 

必死に生きてきた母親を本当に尊敬しているし、感謝の気持ちが半端ない。

 

そして、そんな母親を今度は自分が守りたいという。

 

きっとそこには普通の親子以上の強い絆があるんですね。

 

お互いに戦いを乗り越えてきたという。

 

必死に幼き息子を守り抜いた母の勇敢な姿が、胸に刻み込まれているんですね。

 

 

 

それでもあなたにはまだ、一抹の不安がありませんか?

 

どっちかっていうと、自分の息子は私よりもパパの方が、圧倒的に好きなんじゃないかって。

 

本当に息子とパパを離しても大丈夫なんだろうか?って。

パパが大好きな息子はママが嫌い?

 

ママである自分にはそんな顔を見せた事がないのに、パパがいる時は最上級の笑顔でパパにまとわりつく。

 

散々お世話してるのは私だろうに!

 

って、ちゃぶ台返したい時が、私には何度もありました。

 

 

 

ママって一番子どもに寄り添っているがゆえに、嫌われ役なんですよね。

 

子どものために、嫌なことも言わなければならない役割なので。

 

だからこそ子どもはパパばかりになついていてやるせない気持ちになりますが、ママの存在は、あなたが思っているより、大きいですよ。

 

 

 

今は高1の私の息子がそうでした。

 

息子が乳幼児だった頃、夫は仕事が超絶忙しく、毎日帰宅は午前様でした。

 

私がひとりできりきり舞いでワンオペ。

 

全てを息子に捧げて育てているのに、夫が家にいるわずかな時間には、私には見せた事のないような笑顔で、夫に遊んでもらっている。

 

夫は声を荒げて子どもを怒ったことはなく、優しい父親。

 

一方、私は毎日キーキー言っている。

 

だからだろうな、と自分ではわかっていても、それでも何だかな?って思ってしまうのですよね。

 

 

 

何だかさ~、いいとこどりじゃない?

 

自分だけ好かれちゃってさ・・・

 

 

こちらは、毎晩毎晩泣いたらおっぱいをあげて、命を削って子育てしているのに、夫は隣で寝ているだけ。

 

日中のぐずりにも全部付き合い、ごはんも食べさせ、寝かしつけをして、がんばってるよね。

 

それなのに、私にはそんな飛び切りの笑顔を見せた事ないじゃん、って思っていました。

 

 

 

家に、一枚の写真があります。

 

写真館で撮ってもらった写真。

 

夫の体に、4歳の息子と2歳の娘が我先にとよじ登っています。

 

3人とも、めっちゃいい笑顔。

 

楽しそうだな~・・・・

 

自分だけなんか取り残されている・・・。

 

嫉妬っていうよりも、なんだかやるせない気持ちなんです。

 

自分、めちゃくちゃがんばっているのに、ほっとかれているみたいで。

 

 

そしてもれなく娘も、夫の方が好きでした。

 

パパが大好きな娘はママが嫌い?

 

うちの娘もそうでした。

 

父親が大好きでした。

 

次女が赤ちゃんで、長女が魔の2歳児の頃、私のストレスはマックス。

 

毎秒毎秒怒っていました。

 

楽しかった記憶がない。

 

 

ある時、2歳の長女がトイレの手洗いの水を、すごい勢いで出しっぱなしにして、床中ビタビタに濡らしたことがありました。

 

 

ぷっち~ん

 

 

何かが切れた音がしたと同時に、気づいたら私は娘の頭を何度も叩いていました。

 

さすがに娘は私の殺気と身の危険を感じて、泣きながら玄関を飛び出して、庭でワンワン泣いています。

 

ご近所に虐待と思われたら嫌なので迎えに行っても、おびえすぎて家に入ってくれない。

 

夜遅く帰宅した夫にしがみついて離れませんでした。

 

 

 

分かってますよ。

 

私といても、子ども達は全然楽しくない事。

 

いつも怒っているし。

 

 

 

わかったよ。

 

 

じゃあ、お母さん、出ていく!

 

 

 

2013年。

 

息子が小2、長女が6歳、次女が4歳の時です。

 

いつものように、何かに腹を立てた私。

 

土曜日で夫がいる事をいいことに、私は何も言わずに、お酒のボトルをつかんで、車に乗って飛び出した!

 

 

 

もう、飲んでやる!

 

 

絶対に帰らないからな!

 

 

 

一人で河原で飲んで、そのまま車で寝る。

 

その日の深夜に酔いがさめた頃に帰宅すると、数枚の紙が置いてありました。

 

全部ひらがなで書いた、子ども達と夫のレポートです。

 

私の嫌いなところと好きなところ

 

そして

 

なぜいつもお母さんにおこられているのかが息子の字で書いてあり

 

それに対しての振り返りと今後の改善点が、夫の字で書かれてあります。

 

 

◎おかあさんのきらいなところ

 

〇おこること

 

〇あいすをこぼすとすぐおこる

 

〇いうことをきかないとおこる

 

〇いえでするといつもむかえにくる

 

〇おかあさんのせいでまいにちがたのしくない

 

〇まちがえるとすぐおこる

 

 

 

そうだよ、毎日怒ってるんだよ。お母さんは!

 

だって、イライラの毎日なんだもん!

 

と、心の中で私は叫びます。

 

そして次のページに進みます。

 

◎おかあさんのすきなところ

 

〇じゅうすをかってくれること

 

〇おかしをかってくれること

 

〇いっしょにねてくれること

 

〇おまつりであそんでくれたこと

 

〇いっぱいはなせたこと

 

 

 

なんだよ、何か買ってあげた時だけじゃね~か。

 

 

 

そして、ここから夫と子どもたちの原因追及が入ってきます。

 

◎おかあさんのおこるとき

 

〇あいすをこぼしたとき→ゆかをよごすから

 

〇ふくのいろがあわないとき→にあわないから

 

〇ふろにはいりなさいといってはいらないとき→おかあさんがはやくふろをあらいたいから

 

〇いもうとたちをなぐったとき→いのちがあるから。いもうとにやさしく!

 

〇ゲームをぜんぜんやめなかったとき→めがわるくなるから

 

〇だらだらしてるとき→なにもしていないと、こころがそだたたない。

 

でも、だらだらするのはごはんがつまんないから。ねむくてうごけない。

 

もうちょっとやさしくいってほしい。

 

こわいし、どうしていいかわからない

 

〇てれびをずっとみてるとき→めがわるくなるから。

 

〇こっそりなにかをたべたとき→おかしをたべたから。でもおなかすいたのにつくってくれなかったから

 

〇ごはんをたべてるときにへんなかっこうでたべてるとすぐおこる

 

〇ぎょうぎがわるいとおこる→きたないあしをごはんにびゅってやるから

 

 

 

うんうん、何で怒られてるか、分かってるんだね。

 

分かってんならやれよ、と一人突っ込みをします。

 

 

そして、改善点が続きます。

 

◎これからは(子どもが守る事)

 

〇かならずてえぶるでたべる

 

〇ごはんをたべたらすぐおふろにはいる!

 

〇おふろからあがったらすぐはをみがいてからねる!

 

◎これからは(お母さんが守る事)

 

〇ことばでおこる!

 

〇ちいさいこにはあそんであげる

 

〇ゲームはなんふんか、めもをする

 

 

 

このようなカオスな毎日に、涼しい顔で冷静に評価を下す旦那にもちょっと腹が立ったりもします。

 

 

 

また、別の日。

 

私は何かの理由で、夫と大喧嘩をしました。

 

さすがに頭にきて、その翌日、幼稚園生だった娘に聞きました。

 

 

「お父さんとお母さんはけんかをした。

 

もう顔も見たくない。

 

あんたは、お父さんとお母さん、どっちに一緒にいてほしい?」

 

と聞きました。

 

すると娘。

 

 

「おかあさんに、いてほしい」

 

 

だよね。よしよし。

 

 

でもよくよく聞くと

 

小さな声で

 

 

「おかあさんに、いってほしい」

 

と言ってるんです。

 

 

はいはい、そうですか。

 

どんだけ嫌われてるんですかね?

 

とにかく、お母さんはいつもいつも、怒ってばっかりなんです。

 

だから嫌われちゃうんです。

 

というか、お母さんって、嫌われ役なんです。

 

子どものためを思って、ついつい言いすぎてしまうんです。

 

 

 

でもね、最終的に肝を握っているのは、お母さんなんですよ。

 

肝を握っているのはママ

 

子ども達に嫌われ役の損な役割のママ。

 

でも、子どもが弱っている時に力を発揮するのはやっぱりママなんですよ。

 

0歳の息子がある病気で入院をし、6時間の手術の末に顔をパンパンに腫らして戻ってきた時、唯一私を見たときに、弱々しくにこりと笑ってくれたあの時。

 

うちの子ども達が、3人いっぺんに泣き出した時。

 

真っ先に誰を救出しなければならないか、旦那には分かるまい、という自負がありました。

 

瞬時に3人の泣き声の緊急度を察知できるんです。

 

どの泣き声が最もやばい泣き声なのか。

 

一番「死に近い」子どもを一人、瞬時に選び、あとの二人は後回し。

 

その鋭い判断力。

 

 

 

具合が悪くてゲボした時、触れない夫を横目にすばやく処置して介抱。

 

そんな時は、弱った子どもはお母さんにピッタリ。

 

 

小学校から帰ってきた息子の、玄関のドアの閉め方で分かります。

 

いじめられて泣いて帰ったんだな、って。

 

そんな時は、息子をひざの上にのせて話をします。

 

息子は泣きながらも、耳を澄ましているのが分かります。

 

そして元気になって、涙をふくんです。

 

 

 

そういう経験、ありませんでしたか?

 

子どもが病気で弱った時に、助けを求めてきたのはママではありませんでしたか?

 

キラキラした笑顔を自分には見せてくれなくても、弱った時には頼ってくれる。

 

やっぱり、ずっと子どもに寄り添ってきた存在だからですよね。

 

 

分かってるんですよ。子どもは。

 

ママだって、パパと同じくらい、頼れる存在だってことを。

 

ここぞという時はママの力は大きいんです。

 

 

 

やがて大きくなって中3になった息子が進路で迷っていた時、相談してくれるのは私だったんですね。

 

一緒にいろいろ高校説明会に行きました。

 

 

 

どれも俺にあわない、と毎回言う息子。

 

そんな顔を横で見てきました。

 

 

 

でも、ある高校の説明会で、めずらしく息子がメモをとっています。

 

そして言いました。

 

 

 

「オレ、この学校にする」

 

 

 

「なんで?どういうところが良かったの?」

 

 

 

「少人数の授業で、ゆっくり3年間をかけて、やりたい事を見つけよう」

 

校長先生のその言葉が響いたそうなんです。

 

 

息子は小さなころから何でも、進むスピードは遅くても、丁寧に取り組む子でした。

 

そんな事を知っているので私は

 

 

「そっか、ここがいいか。

 

じゃあここにしな!」

 

 

 

子どもが自分で考えて決めたことには、絶対に背中をおしてあげたいし、理解者であり、伴走者でありたいんです。

 

その子の特徴を理解して、その子が幸せだと思う事を応援してあげたい。

 

願うのはその事だけなんですよね。

 

 

 

中2の娘は今不登校。

 

毎日冴えない顔してプラプラしています。

 

でも、何かきっかけがあって、何かをしたい!って思った時には、全力で応援したい。

 

その時まで寄り添っていよう。

 

そのちょっとした変化を逃さずにいよう。

 

その変化を自分はきっととらえられる。

 

そう思っています。

 

 

 

 

 

ママは時には嫌われ者です。

 

でも、何かの時には頼れる存在。

 

自分にはそのくらいの力がある事を信じて

 

自信を持って子どもに向き合って下さい。

 

 

だからあなたの息子は大丈夫!

 

離婚を決めたママ。

 

その決断に至るまでの苦しみは、私には計り知れません。

 

どんなに悩んだ事でしょう。

 

でも、もう一度新しい人生をスタートする事を決断したのですね。

 

 

パパが大好きな息子にその事実を話すのは、とてもつらいと思います。

 

息子さんも幼い頃は受け止められずに衝突することもあるでしょう。

 

でもしっかりと生きていくあなたの姿を見せてあげて下さい。

 

その生き様を見た息子さんが大きくなった時、あなたの本当のヒーローになってくれます。

 

 

 

あれだけ荒れていた妹の息子は今、妹の一番の理解者になってくれています。

 

妹が、スイス人の新しいパートナーと新しい道を歩み始めた時、真っ先に祝福してくれたのは彼でした。

 

 

複雑だったと思います。

 

だって昔は、大好きなパパの妻だったんですから。

 

でも、一緒に新しいパートナーと暮らす事に背中を押してくれたそうです。

 

ママが幸せならいいよ、って。

 

そして、ベルギーにいるパパにきちんと伝えてくれました。

 

きっと彼はこの先もママを大事にしていくでしょう。

 

 

 

私の夫も、自分の両親の事で悲しい思いをしてきたからこそ、家族思いの父親になっています。

 

私なんかよりもずっと母性があります。

 

悲しい経験があったからこそ、人って優しくなれるんですね。

 

まとめ

 

パパが大好きな息子。

 

パパと離れる事実を知るのは辛いと思います。

 

今は先が見えずに不安でいっぱいだと思います。

 

でも長い目で見た時に、彼の心の成長にきっと役に立つはずです。

 

なので、ママは明るい未来を信じて、元気に生きていって下さい!

 

応援しています。

アキ

山に囲まれた田舎での暮らしをしながら、3人の子育てをしています。”ママの元気が地球を救う”がモットーです。元気にゆるゆると発信していきます!

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